比留木 謙司(ヒルキケンジ|ひるきけんじ|Kenji Hilke|ヒルキ謙司)オフィシャルサイト

Bio

INTRODUCTION

  • アメリカ人の父と日本人の母との間に生まれる。
  • 小学校卒業まで米国と日本とを行ったり来たりで過ごす。三鷹市大沢台小学校では、当時在籍していたミニバスのチームを全国ベスト16に導く。
  • 三鷹市第七中学校に入学するが、指導者に恵まれなかったため、府中市にあるA.S.I.J.(アメリカンスクール)にて練習をしていた。この練習に現役、OB問わずJBL選手や外国人選手などが参加していた。在籍中学校のチーム成績は振るわずも本人は東京都選抜チームに選ばれるなどして活躍する。
  • 中学校卒業後、米国での高校やNCAAでのプレーを夢見て渡米するも、家族の経済的都合から帰国、一年遅れで東京都にある八王子高校に進学。一年時にインターハイ出場するも、二年時はチーム不振にあえぐ。三年時には現在ユタ州立大学の大型センター モード・ニャーン(207cm)と共に全国を狙うが、これもかなわず引退、卒業となる。なお、一年時のチームメイトに現在JBL所属にある日立サンロッカーズの井上聡人がいる。
  • 高校卒業後、大学からの推薦を断り、クラブチーム、ストリートボール等の分野にて活躍。現在東京アパッチの青木康平や、岩佐潤らが在籍していたFAR EAST BALLERSに入団。NYツアーをチームで敢行し、日本人初となるDyckman Tournamentに出場する。同時期にJBLを経営不振により脱退したいすゞ自動車ギガキャッツを前身とする横浜スピリッツにも籍を置く。
  • ストリートボールリーグLegendの創立当初のメンバー。
  • Gymratsのメンバーとしても活動。
  • 高校卒業直後にbjリーグトライアウトに参加、各種メディアにて注目選手として取り上げられるも、どこへも入団せず渡米。
  • 渡米後、LAやNY、サンディエゴ等で様々な大会に出場し、カリフォルニア州サンディエゴのSan Diego City Collegeにも在籍。
  • 2008年4月、WCBLのHigh Desert Rattlersと契約。
  • 2008年8月、日本に帰国、bjリーグのライジング福岡と契約。
  • 2009年2月、bjリーグの富山グラウジーズと契約。
  • 2009年10月、bjリーグの東京アパッチと契約。
  • 2010年8月、JBLのレラカムイ北海道と契約。
© 2017 Kenji Hike